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キッズウィークエンド

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インタビュー

2022.11.29 Tue

# 探究学習

興味がない人にこそ「アートの面白さ」を伝えたい

興味がない人にこそ「アートの面白さ」を伝えたい

キッズウィークエンドのオンライン授業やアートツアーの企画運営など、精力的に活動されているアートテラー・とに~先生。「アートテラー」という仕事や活動を始めた経緯、おすすめのアートの楽しみ方、今後の夢や信念についてインタビューを行いました。

聞き手:キッズウィークエンド株式会社 代表取締役 三浦 里江


とに~先生
1983年生まれ。千葉大学法経学部法学科卒。元吉本興業のお笑い芸人。芸人活動の傍ら趣味で書き続けていたアートブログが人気となり、独自の切り口で美術の世界をわかりやすく、かつ楽しく紹介する「アートテラー」に転向。現在は、美術館での講演やアートツアーの企画運営をはじめ、雑誌連載、ラジオやテレビへの出演など幅広く活動している。著書に『名画たちのホンネ』(三笠書房)、『東京のレトロ美術館』(エクスナレッジ)など

「アート初心者の味方」というスタンスは変わらない

──現在日本で唯一のアートテラーとして活動されていますが、どのようなお仕事なのでしょうか?

アートテラーとは「アート+ストーリーテラー」の造語です。文字通り、アートに関して伝える活動をしています。具体的に言うと、美術館やオンライン講座などでトークをしたり、ブログや本を書いたりするのが主な仕事です。

僕はもともとアートに関心がない人にその魅力を伝えたいと考えていて、今もその根幹はぶれていません。でも、それは「アートが一番面白いから、みなさんも好きになってほしい」ということではありません。小説やテレビ、映画などもアートと同じくらい面白いと僕は思っています。その中でも、とっつきにくい印象のあるアートの楽しみ方を伝えることが僕の使命。アート初心者の味方でありたいと思っています。

──とに~先生は子どもの頃から美術館によく行かれていたのですか?

僕はもともと美術に興味がありませんでした。ですが、日曜画家だった父が年1回、公募展に日本画を出品していたので、子どもの頃から美術館には足を運んでいたのです。正直なところ、あまり楽しいとは思えず、小学3~4年生の頃には美術館に行かなくなりました。

僕がアートの魅力に気付いたのは、大学時代です。中学の頃からお笑いをやっていたのですが、相方が突然、「これからは美術の時代だ」と言い出したのです。相方に誘われ、十数年ぶりに上野にある東京都美術館に行くことになりました。

相方が絵画を鑑賞しながら作品の内容に合わせてボケるので、まるで大喜利のように楽しめました。色や構図を鑑賞するのではなく、“絵の本質”に触れることができたのです。「アートは当時のメディアの最先端で、漫画や映画と同じように、ギャグや恋愛などいろんな要素がある」と捉えると、とても興味深く感じました。この出来事をきっかけに、頻繁に美術館に通うようになりましたね。

──とに~先生がアートテラーになられた経緯を教えて下さい。

大学卒業後、僕はお笑い芸人として活動しながら、mixiで映画のレビューなどを書いていました。そのうち「映画はネタバレになるから肝心なことが書きづらいけれど、アートのことなら気にせず面白く書ける」と気付いて、アートのことを書くようになったのです。すると、一般の方から「とに~さんの話を聞きたいです」というコメントをたくさん頂くようになりました。そこで、「大好きなアーティストであるルネ・マグリットのことだったら、1時間話せるかもしれない」と考え、企画を練りました。

ちょうど横浜美術館でシュールレアリスム展が開催されていたので、美術館の一角をお借りしてトークイベントを行ったところ、想像以上の大盛況に。その後、アート関係の仕事が増えてきて、2008年から正式に「アートテラー・とに~」として活動を始めました。「とに~」というのは高校時代からのあだ名で、mixiで使っていた名前でもあります。

アートテラーとしての僕の役割は、「展覧会へ行くアート初心者に、いくつ楔(くさび)を打ち込めるか」ということだと考えています。展覧会で絵を見ても、何も情報がなければスーッと素通りしてしまいますよね。でも僕が話をすることで、「とに~さんのあの絵の話は面白かった」と思い出してくれるかもしれません。僕のトークを聞いてくれた方が展覧会に足を運んだ際、何かしら記憶を呼び起こせるような楔を打ち込みたい、と考えています。

東京都美術館で開催された「クリムト展」でのアートツアーの様子


収入ゼロのまま、無人島で石を投げ続けた3年間 

──アートテラーになって大変だったことはありますか?

最初の3年間、アートテラーとしての収入ゼロの状態が続いたことです。僕はもともと芸人だったので、アートテラーに関しても仕事ではなく「新しい芸人の姿」くらいに考えていました。特に売り込みなどもしなかったので、売れなくても当たり前だと考えていたんです。

それでもアートテラーとして何かしなければいけないと考え、土日に結婚式場でアルバイトをしながら、毎日アートに関するブログを書いていました。ところが、ブログに対してのリアクションが予想外に薄く……。一念発起してアルバイトを辞め、土日に無償でアートツアーを始めました。

最初のうちは、うさん臭いと思われていたようですが、徐々に美術館の方々から声をかけてもらえるようになりました。ブログを書き続けていることやアートツアーを開催していることに興味を持ってもらえたのです。

アートテラーに転向してからの3年間を例えると、無人島で誰かに気付いてもらおうとして、海に向かって石を投げ続けているかのような時間でした。最初は石を投げても誰にも気付いてもらえなかったけれど、3年間投げ続けると、投げた石が山になって水面に出てきて、ようやく見つけてもらえたという感じでしょうか。

──3年もの間、石を投げ続けられた理由は何ですか?

父の影響が大きいと思います。父はとても厳しい人でした。その父の教えのひとつに「思いついた人がやれ」というものがあります。僕は今でもこの教えに共感しています。アイデアというものは、実は誰もが思いつくわけではありません。だから何かを思いついた人は、そのアイデアを人に伝えたり、時には自ら実行したりする責任があると思うのです。アートテラーの仕事に関しても同じです。僕が最初に思いついてやり始めた以上、やめるわけにはいかないと思って続けてきました。

マグリットの作品には芸人っぽさを感じる

──とに~さんの好きなアート作品をひとつ挙げるとしたら、どれになりますか?

ルネ・マグリットの「イメージの裏切り」という作品が好きです。パイプの絵の下に「これはパイプではない」と書いてある作品です。当然、この絵を見た人は「パイプでしょう」と思いますよね。そんな観客に対してマグリットは、「いや、これはパイプではなく『パイプの絵』だ」と返しているのです。観客の反応を意識しているところが、まるで芸人みたいで面白いです。

──おすすめのアートの楽しみ方などはありますか?

ギャラリーめぐりです。ギャラリーは基本入場無料ですし、美術館でまだ取り上げられていない、今後注目を浴びそうな若手アーティストを知ることもできますよ。テレビ番組に例えると、美術館がゴールデンタイムの番組で、ギャラリーは深夜番組でしょうか

また、ギャラリーで気に入った絵を買うのは楽しいです。若手アーティストの作品などは、数千円から1万円程度で購入できるものもあります。僕が毎年イベントを開催している「銀座ギャラリーズ」という画廊の組合があるのですが、そこに加盟している画廊の大半なら、「とに~さんの紹介です」と言えば、親切に相談に乗ってもらえると思います。

ギャラリーなどで購入した器をディスプレイして楽しんでいるそう。棚は100円ショップの箱で自作したもの!


120%の熱量から漏れ出る20%が感動を生む

──とに~先生の今後の夢や信念をお聞かせいただけますか。

アートテラーとしての活動を続けることそのものが夢です。アートテラーの仕事はどこかにゴールがあるわけではありません。力尽きるまで飛び続ける、「鳥人間コンテスト」に近いかもしれません。今後もアートテラーとして、アート界のために汗水垂らして働き続けていきたいと思います。

僕の信念として、あくまでもアートをトークのメインに据えるようにしています。作品の魅力を伝えたいので、僕自身がメインになってはいけないと思っています。芸人で例えるなら、僕はアートを相方にトークをしているようなものです。常に相方を立てて、アートと僕が9:1くらいになるようなバランス感覚を大切にしています。

また、資料やトークの内容は徹底的に作り込むようにしています。熱量を持って作り込んだ内容で、みなさんに何かを持ち帰ってもらいたい。そういう気持ちが込められているかどうかは、自然に伝わるものです。これは僕のトークだけに限らず、美術品や展覧会にも当てはまります。適当につくった作品やイベントがバズることはまずありません。120%の力でやって、漏れ出る20%が人に響くのだと考えています。

▶とに~先生の最新授業「ここにしかないアートツアー☆生中継!ポーラ美術館を探訪」<12月4日(日)10:00-11:00、参加費:無料>